「ただいま」

ドアを開けると遥(はるか)は必ず玄関まで小走りで出てきてくれる。

遥の顔を見るとふっと力が抜けるのが自分でもわかる。一緒に生活するようになってもうすぐ一年が経つ。

家に帰ると遥がいることがすっかり当たり前になっていた。

「今日はどんな日だった?」

その質問をするのはこの世に一人しかいない。自分がどんな風に今日を生きたのか、興味を持ってくれる人は尊い。

僕は今日自分の身に起こった、良かった事も悪かった事も思い出せるだけ思い出して話す。

自分が存在している事を確認させてくれる大事な時間だ。

 

 

僕の絵を好きだと言ってくれたのも遥が最初だ。

何人かで金を出し合って借りた小さな展示スペースに遥はふらりと入ってきた。

数十点の絵の中にたった1枚だけあった僕の絵の前に、遥は引き寄せられるように立ち止まった。

その絵の前でどれくらいの時間が経っただろうか。

遥は受付をしていた僕のところまでやってきて

「この絵を描いた方はどなたですか?」

と質問した。

「僕です」

これが最初の会話。

 

 

遥は僕の絵を好きだと言ってくれる唯一の人間だ。そしてその絵を描く僕の事も好きだと言ってくれる唯一の人間。

いつの間にか僕らは仲良くなり、いつの間にか一緒に暮らすようになった。

日々の暮らしのいろんな所に遥が僕に向けてくれる好意を感じる。

僕も遥が好きだ。

しかしそれは自分の存在を認めてくれるから好きなのかもしれない。

遥の「好き」と、僕の「好き」は少し種類が違うような気がする。

最近ちょっと申し訳なさを感じながら生活をしている。

 

毎晩寝る前に恒例の質問がある。

「今日観たものの中で一番綺麗だったのは何色の何?」

僕は目をつぶって1日を思い出し、答える

「今日は近所の家の庭に咲いてた赤色の花かなぁ」

「そっか。明日観てみようっと」

その会話が終わると遥は満足そうに寝息を立て始めた。